崇高な芸術とは何か「グレイテスト・ショーマン」

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グレイテスト・ショーマン 

(The Greatest Showman / 2017 /  アメリカ)

【監督】マイケル・グレイシー【脚本】ビル・コンドン、ジェニー・ビックス

【出演】ヒュー・ジャックマンミシェル・ウィリアムズザック・エフロン、キアラ・セトル

【あらすじ】19世紀に活躍した実在の人物、P・Tバーナムの伝記ミュージカル。バーナム(ヒュー・ジャックマン)はサーカスの経営で成功するが彼のエンターテインメントが上流階級の人間に受け入れられないことに悩み、イメージを変えようと迷走した結果、いろんな人が傷つき、困る。

【感想】予告で「エンターテインメントは素晴らしい!」というようなことを語っているのを観て、どのような切り口でサーカスというエンターテインメントを描いているのか、またエンターテインメントの一種である映画としてそれをどう扱っているのかに興味を持ち鑑賞してきた。しかし、正直いろいろ考えることがあったのでそのことについて書こうと思う。

ラ・ラ・ランドのスタッフが手がけると宣伝されているが、そのスタッフとは楽曲制作のベンジ・パセクジャスティン・ポールのことだ。この二人は今回もとても良い仕事をしている。ロック調でサビでの曲調変化により生まれる壮大さが心地よいオープニングの"The Greatest Show"はもちろん、主題歌扱いの"This Is Me"が名曲であることは否定できない。他の主要スタッフは「ラ・ラ・ランド」関係の人は特におらず、監督のマイケル・グレイシーは20年間アニメやヴィジュアルエフェクトの分野で活躍してきた人で、これが初監督作だ。ヒュー・ジャックマン自身がこの映画を2009年から作りたいと考えており、コマーシャルの撮影の際に一緒だったマイケル・グレイシーに「監督してくれないか」と頼んだのがきっかけで今作を撮ることになったらしい。テンポを良くするためにカットを多くしたり、円形のサーカスを上から撮る画のルックの新鮮さ/美しさなど、初監督作とは思えないポテンシャルの高さを感じた。脚本のビル・ゴンドン「シカゴ」「ドリームガールズ」「美女と野獣などのミュージカル映画の脚本を数多く手がけてきた書き手だ。主演はレ・ミゼラブルでミュージカルの才能を見せつけたのも記憶に新しいヒュー・ジャックマン。これらの人間が集まり出来上がった今作がミュージカル映画としては一級の出来であることは確かだ。一流のキャストに素晴らしい楽曲、豪華なセットや衣装など、ミュージカル好きには十分満足出来る作りになっているのは間違いない。そういう意味では是非とも映画館で観たい作品だ。しかし、私はどうしても物語の根底に潜むこの映画のメッセージに居心地の悪さを感じてしまった。

マイノリティの描き方について

バーナムがサーカスでパフォーマーとして雇うのは(彼の言葉を借りると)”ユニークな人たち”。マイノリティを描くのは実に現代的な問題意識をはらんでいるため、そのことに触れずに話を進めることは不可能であるのは理解できるのだが、そのサーカスのマイノリティを全て同一に描いていることにどうしても違和感を抱かずにはいられなかった。具体的に言うと、先天的なものである身体障がい者と後天的なもの(おそらく民族的な理由で全身にタトゥーがある人など)そして人種差別を受ける対象である有色人種。全て外見的な理由から差別や偏見を受けるため同一なものとして描かれているが、全員違う理由や意識で差別を受けているのにも関わらず、それに対するアンサーが"This Is Me"という曲でしか語られず、ストーリー上でも重点を置かれるわけでない扱われ方にも残念に思った。

 

 ※以下ネタバレを含む

 崇高な芸術とは何か

劇中、バーナムは割と早い段階でサーカスの経営に成功する。そのため今作は「バーナムがサーカスを立ち上げて興行的に成功するまで」を描いたものではない。それなら何が描かれているかというと「バーナムはサーカスで一旗上げるもののサーカスは”俗っぽいものだ”と評論家に言われ、また上流階級の人間に受け入れられないことに悩み、自分の名のイメージを変えるためにサーカスをそっちのけでヨーロッパで活躍するオペラ歌手ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)を利用して全米ツアーをするが、途中で利用されていることに気づいたジェニー・リンドに愛想をつかれ、サーカスに戻ることで自分の成功よりも家族や人を大切にすることを学ぶ」というものだ。そしてエンドクレジット前にはP・Tバーナム自身の言葉、「最も崇高な芸術とは人を喜ばせるものだ」(The noblest art is that of making others happy.)という引用が映し出される。これを映画に置き換えてみると、制作者たちは「批評家や芸術家に批判されたとしても、大衆を喜ばせられたらそれで十分」と解釈できてしまう。私はここにとてつもない気持ちの悪さを感じた。芸術でありながらも大衆的な娯楽である映画においてはその二つの要素は両立しうると私自身は信じているからだ。もし、こうやって私がこの映画に否定的なコメントを残したところで制作者たちからすれば、これだけ映画がヒットし、サントラも何週にもわたってチャートの1位を獲得している現在のこの作品は、十分に「大衆を喜ばせている」状況であり、批評家や批評家気取りの映画好きの意見なんて痛くもかゆくもないのだろう。そもそもノンフィクションの物語は忠実に再現すればするほど、主人公が必ずしもフィクションの登場人物のように計算された結果論的な行動をするわけではないため、そこからテーマを見つけ出すというのは困難である。ゆえに、この作品のテーマは批評家上がりの脚本家ビル・ゴンドンと映画畑出身ではない監督マイケル・グレイシーの二人だからこそ作り上げられてしまった”逃げ”だと言えるのではないか。その”逃げ”から垣間みえてしまう不誠実さが観客と批評家の満足度に差がある原因であることは疑いようがない。

※ネタバレ終わり

 

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「ヘアスプレー」 

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フィリップ・カーライルを演じたザック・エフロンも出演するミュージカル映画。一見ハッピーなミュージカルのようだが、人種差別についても真摯に描かれる。ジョン・トラボルタが女装をして役を演じていることで有名。

 

レ・ミゼラブル」(2012) 

日本でも大ヒットしたヒュー・ジャックマン主演、ヴィクトル・ユーゴー原作のミュージカル映画。監督は「英国王のスピーチ」「リリーのすべて」と名作を連発しているトム・フーパーヒュー・ジャックマン演じるジャン・バルジャンは子供の頃に貧困を理由にパンを盗んで逮捕されてしまうのだが、この「グレイテスト・ショーマン」でも幼少期にパンを盗むシーンがある。オマージュかな?